大阪・関西万博で特に注目を集めた展示のひとつが、空飛ぶクルマのデモ飛行でした。電動で垂直に離着陸するeVTOL(イーブイトール)と呼ばれる機体が会場の上空を飛ぶ姿は、未来の都市交通を具体的に想像させるものでした。しかし、一般の乗客を乗せて料金を受け取る商用運航は万博では実現せず、飛行はデモにとどまりました。閉幕後も、空飛ぶタクシーが日本の空を日常的に飛ぶ光景はまだ見られません。機体はすでに空を飛べる段階にあるのに、なぜ商用化には時間がかかるのでしょうか。
万博のあとも続くデモ飛行
万博後も各地で試験飛行は続いています。今年2月には、SkyDriveの3人乗り機体SD-05が東京上空でデモ飛行を行いました。東京都は臨海部や河川の上空を活用する実装プロジェクトを進めており、今年度中にデモ飛行を実施し、来年度には商用化の前段階となるサービスを始める計画です。このプロジェクトには野村不動産を中心に、ANAホールディングス、JR東日本、西武ホールディングスなどが参加し、米国のJoby Aviationも協力企業として加わっています。
大阪でも動きがあります。万博で使われた大阪港バーティポートを商用運航と共同利用の拠点にするため、大阪府、大阪市、Osaka Metro、丸紅、Soracle、SkyDriveによるコンソーシアムが立ち上がりました。国も改訂したロードマップで、2027年から段階的に商用運航を始める目標を掲げています。
つまり、空飛ぶクルマの計画は止まっているわけではありません。ただし、デモから商用へ進むには、飛べるかどうかとは別の課題をいくつも越える必要があります。
型式証明という最初の壁
最大の壁は安全性の認証です。旅客を乗せて飛ぶ航空機は、国土交通省航空局から型式証明を取得しなければなりません。eVTOLは従来の飛行機ともヘリコプターとも異なる新しいタイプの機体で、複数のモーターとプロペラ、大容量バッテリーの安全性などを一から評価する必要があります。基準づくりと審査が並行して進むため、どうしても時間がかかります。万博で商用運航が見送られた背景にも、この認証が開幕までに間に合わなかったという事情がありました。
機体があっても運航する会社が足りない
あまり知られていないのが運航事業者の問題です。SkyDriveは国内外から合計427機の受注を得ていますが、海外の顧客の多くはすでにヘリコプターやチャーター機を運航しており、必要な事業許可を持っています。一方、日本では鉄道会社など、航空機を運航した経験のない企業からの注文も多く寄せられています。そこでSkyDriveは、HondaJetやベル社のヘリコプターのチャーターを手がけるJapan Biz Aviationと覚書を結び、運航や整備の経験を持つ会社が実際のフライトを担う体制づくりを進めています。同社は2028年までの商用運航開始を目指しています。
パイロットの確保も課題です。当面は操縦士が搭乗して飛ぶ方式が前提となるため、新しい機体に対応した訓練や資格の仕組みを整えなければなりません。
離着陸場と低空の交通整理
空飛ぶタクシーには、バーティポートと呼ばれる専用の離着陸場が欠かせません。建物が密集する日本の都市で、騒音や安全に配慮しながら用地を確保するのは簡単ではなく、充電設備や整備スペースも必要になります。東京都のプロジェクトでも、まず候補地の調査を行い、最終的な場所を決めるのは数年先とされています。
さらに、ヘリコプターや増え続けるドローンと同じ低空を安全に共有するための運航管理の仕組みも求められます。台風や強風が多い日本の気候に合わせた運航基準づくりも避けて通れません。
住民の理解と運賃の問題
技術や制度が整っても、地域の住民に受け入れられなければ定期的な運航は続きません。頭上を機体が飛ぶことへの不安や騒音への懸念に応えるため、各地で実物大模型の展示や見学会など、市民が機体に直接触れられる取り組みが進められています。
運賃も普及を左右します。運航が始まったばかりの時期は機体の数が少なくコストも高いため、料金は一般のタクシーを大きく上回ると見られています。観光や空港へのアクセスなど、多少高くても利用したい場面から始め、機体が増えるにつれて価格を下げていく流れが現実的でしょう。
商用化はいつ実現するのか
万博は空飛ぶクルマを「見せる」場としては成功しましたが、「使う」段階への移行はこれからが本番です。認証、運航体制、インフラ、社会の理解という課題はどれも時間がかかるものの、東京と大阪では自治体と企業が具体的な計画を動かし始めています。次に空飛ぶタクシーが大きな話題になるのは、デモ飛行ではなく、チケットを買った乗客を乗せた最初の便が飛び立つときかもしれません。